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2015年7月24日 (金)

【大正天皇実録考その3】

 本稿で、大正天皇論に纏わる病弱論、無能論につき検証しておく。大正天皇の履歴については別サイト「大正天皇の足跡履歴」に記す。ちなみに、「ウィキペディア大正天皇」(2015.7月現在)の大正天皇論を確認するのに標準的な記述になっている。これが大正天皇論の現在の相場ではあるが、本稿でその凡庸記述ぶりを露にさせておこうと思う。

 それにしても何故にかくも有能優秀なる大正天皇をかくも悪し様に罵るのであろうか。それはちょうどかくも有能優秀なる田中角栄をかくも悪し様に罵った様と通底している。我々はこの「仕掛けられている逆評洗脳」につきもっと深刻に洗い落とさねばならないのではなかろうか。

 大正天皇実録、明治天皇記その他によれば、確かに、後に大正天皇として即位することになる明宮嘉仁(はるのみやよしひと)親王は、生後まもなくの頃及びこれに続く幼少時代には病弱が認められる。しかし、子供の頃の病弱体質が次第に克服され青年期以降は却って壮健になる例は幾らでもある。幼少時代の病弱でもって終生にわたって病弱であったとする説には首肯し難い。

 1887(明治20)年、8歳の時、嘉仁親王は、学習院初等科の今の小学2年生にあたるクラスに編入されている。その時の様子は次の通り。最初の年は病気がちで83日欠席し進級試験も受けられなかったため留年している。その後、体調が安定して進級を重ね、4年生の時には1年間を1日も休まず皆勤賞としての「精勤証書」を受けている。「学期末の御成績も著しく(良くなった)」と記されている。1889(明治22)年、10歳の時、皇室典範の制定により立太子礼を挙げ皇太子となる(これにより、以降を嘉仁(よしひと)皇太子又は単に皇太子と記すことにする)。嘉仁皇太子は6年生になると再び大きな病気(腸チフス)をして12月から3月まで74日間にわたって欠席している。


 
学業について「明治天皇記」は次のように記している。

 「時に齢11歳、既に学習院に学び、文武諸官輔導の任に当たり、学業日に進む、聡明にして仁慈性に具わる、近時身体すこぶる健なり」。

 1892(明治25)年、13歳の時、「徳大寺実則日記」の記述によれば、東宮武官長・奥保かたが明治天皇に対し次のように報告している。  

 概要「24.6月より25.7月まで、殿下の学業成績は読書、馬術は著しく進歩され、随って記憶力も勝れ、但し読書進歩の割には意味を解せらるること乏しい。算術は他に比較すれば困難なり」。

 してみれば、13歳の頃よりは心身の気力が充実し成績も頗る良くなっていたことになる。1893(明治26)年、14歳の時、学習院初等科を卒業し中等科へ進んでいる。1894(明治27)年、15歳の時、体調が芳しくない事もあって中退している。その後は、赤坂離宮に設けられた御学問所で個人講義を受ける身となる。この時、当代の碩学泰斗が東宮侍講に選ばれ学問を授けている。東京帝国大学教授の本居宣長のひ孫に当る本居豊頴(とよかい)が国学を、同じく東京帝国大学教授の三島中州(ちゅうしゅう)が漢学を教えている。両者の学問が殊のほか功を奏し、歴代天皇の中でも指折りの名歌人として孵化することになる。これにつき次々稿で確認する。

 この頃、宮廷内に東宮職が設置され、その武官長として近衛歩兵第一旅団長の陸軍少将・奥保かた(やすかた)が就任し且つ東宮大夫も兼ね皇太子教育の最高責任者になっている。1892(明治25)年、陸軍歩兵中尉に昇進している。1894(明治27)年、日清戦争勃発。1895(明治28)年.16歳の時、陸軍歩兵大尉となる。同年8月、腸チフス肋膜炎肺炎などを併発し一時重体に陥る。結果的に医師ベルツらの助力もあって11月に無事全快に至った。大きな病気としてはこれが最後となる。(中略)

 1898(明治31)年、19歳の時、青山御所が東宮御所と定まり、明治天皇の意向により皇太子より17歳年上の有栖川宮威仁(たけひと)親王が東宮賓友に就任する。両者は稀に見る信頼関係を築いて行くことになった。ちなみに有栖川宮は、1891(明治24)年のロシア皇太子ニコライ(1868~1918)一行の訪日及び巡遊の際、長崎での出迎えから大津事件で中止になるまでの間の行動を共にし、ニコライ皇太子が人々と和合する姿を目の当たりにすると云う貴重な体験をしている。有栖川宮は「御健康第一、御学問第二」とする補導の方針を打ち出し、これを徹底させていくことになる。この年11月、皇太子は陸軍歩兵少佐並びに海軍少佐となっている。

 これらより推測するのに、嘉仁皇太子は、軍事教練と学問の功により「立派な大人に成人」していたことが判明する。原武史・氏は、著書「大正天皇」の中で次のように指摘している。
 

 概要「大正天皇は最終的に政治的な立場から排除(「押し込め」)された天皇であり、『生まれながらの病弱な天皇イメージ』が政治的な思惑を含んで流布されたものであり根拠に欠けるものだ」。

 然りであろう。大正天皇病弱粗脳論なる「政略的虚説」が今日まで定説化されているが、そのプロパガンダは1921(大正10).11.4日、大正天皇直臣の原敬首相の暗殺直後からである。この頃前後より意図的故意に流布されるようになったものである。これが大正天皇押し込め、裕仁皇太子担ぎ出しによる摂政就任への地均しとなる。 

 大正天皇論に纏わる病弱論、無能論はその為のものである。真実は、嘉仁皇太子は青年期を迎えた頃にはむしろ壮健な丈夫(ますらお)になっていたと推定できるのではなかろうか。大正天皇即位以来の苦悩による病状は別の理由によるとして遠因を尋ねるべきではなかろうか。

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「明治大正二代は武士道天皇の御世である」
http://www.asyura2.com/15/senkyo188/msg/870.html#c160


1941年12月8日真珠湾奇襲が開始された。

その少し前の御前会議で対米宣戦布告の大命を下したヒロヒトが太平洋戦争開戦の決定責任者である。

かくも醜い腰抜けの弱っちいもやし小人が、武勇地球一の武人が集まる御前会議でよくも大それた猿芝居をうちもうったもので、笑止千万である。

まあ226事件後、統制派の上級軍人はほぼ全員フリーメーソンかそのシンパで占められており、武士道大和魂を捨てて拝金侵略虐殺略奪ショックドクトリンが馬鹿のひとつ覚えの軍略だから、フリーメーソンにとって天皇という頭や御輿はバカでなければ使えない。

ちょうど、いまの小泉や麻生や福田や安倍晋三や菅直人や鳩山や野田ブタなどの馬鹿の知障にしか日本の首相をやらせない,マイケルグリーンフリーメーソンユダヤ人CIA悪魔カルト戦争偏執狂イスラエル死の商人代理人のようなものである。

もし天皇という現人神が聖賢仁徳な明治天皇の親しい教育薫陶を受けた大正天皇のように賢ければ、伊藤博文山県有朋田布施非人フリーメーソン政治の邪魔をするから、先ず病気だの精神異常だの悪い評判をでっち上げて偽旗作戦で広く流布して国民を騙したあげく,事故偽装殺人や毒殺してさっさと片付けてしまう。
エデンの蛇悪魔の魂売買契約詐欺は,このように宇宙開闢以来常に偽旗作戦とショックドクトリンのひとつ覚えワンパターン犬の卒倒なのである。
そして、ここ扶桑の神仙菩薩常民の島でも天皇側近には,大昔から常にフリーメーソンエデンの蛇悪魔が貼り付いているのである。
皇軍を統帥する大元帥ヒロヒトの側近参謀は全員フリーメーソンスパイであった。

武士道天皇だった明治天皇の後を継いだ武士道天皇大正天皇は、田布施非人フリーメーソンスパイ伊藤博文山県有朋廃仏毀釈政府にとって,悪魔の天敵である武士道日本人であった。
大正天皇が毒殺されたのはそのためである。

それを見ていた皇太子ヒロヒトが,自分も殺されないために武士道を捨ててイギリスでフリーメーソンになったのは,いかにも臆病懦弱で愚か極まる現世利益だけを求めるキリスト教入信であり、文武両道に達した神仙菩薩大和民族の親の躾に外れた堕落であり、ムー大陸遺民仏法帰依大和民族にとっての慚愧に堪えぬ痛恨事であった。

とにかくこの御前会議に於いて、地球誕生以来常に同時代世界で最高の真善美道徳和合社会を伝説の扶桑蓬莱の島に築いて営んできた君子大人神仙菩薩和合常民大和民族というこの島の血筋正しい武勇一等の大家主に対して、シュメール以来軒先を借りているだけのどこの馬の骨とも定かでないエタ出身の無学無恥な浮浪者が,どうせ悪魔仲間内の大根役者出来レース三文芝居で仰々しくも『大命』とやらを精一杯外見を繕って大いばりで無理に反り返ってくだすさまは、裸の王様よりもはるかに滑稽で笑止千万である。

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 10時05分

人の心がこの宇宙を作る。

釈尊が霊鷲山で説いた『七不衰法』を見る。
____________________
ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。

 一つには、国民はしばしば会合して政治を語り、国防を厳にして自ら守り、

 二つには、上下心を一つにして相和し、ともに国事を議し、

 三つには、国風を尊んでみだりにあらためず、礼を重んじ義を尊び、

 四つには、男女の別を正し、長幼の序を守って、よく社会と家庭の純潔を保ち、

 五つには、父母に孝し、師長に仕え、

 六つには、祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

 七つには、道を尊び徳をあがめ、徳の高い師について教えを仰ぎ、厚く供養することである。

どんな国でも、この七つの教えをよく守って破ることがないならば、その国の栄えることは疑いがなく、外国の侮りを受けることはないであろう。
_____________________

明治維新は江戸城無血開城まで武士道革命であった。

しかし明治六年政変でフリーメーソン伊藤博文が武士道武士を志位政府要職から陰謀で一掃したことで明治以後日本は武士道天皇フリーメーソン悪魔総理といういびつな奇怪な姿となった。

大和民族は現在まで仏教を堅持している。武士道は仏教そのものであ莉、武士道日本は仏法帰依仏国土そのものである。

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 10時24分

『人の価値は血筋や地位で決まらず、人の行いでのみ決まる』釈尊の言葉

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 10時27分

明治維新は江戸城無血開城まで武士道革命であった。『七不衰法』は守られている。

しかし明治六年政変でフリーメーソン伊藤博文が武士道武士を志位政府要職から陰謀で一掃したことで明治以後日本は武士道天皇フリーメーソン悪魔総理といういびつな奇怪な姿となった。

伊藤博文が廃仏毀釈して万世一系国家神道を捏造したときから『七不衰法』を破る悪魔フリーメーソンへの内通と政府内部崩壊が始まったのである。

大和民族は現在まで仏教を堅持している。武士道は仏教そのものであり、武士道日本は仏法帰依仏国土そのものである。

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 10時51分

『カルトとは何か』

「神は死んだ」のニーチェが『善悪の彼岸』で云った「深淵を覗くならば、深淵も等しくおまえを見返すのだ」。

この深淵が神であり悪魔である。意味は、神と悪魔は同じものであり、深淵そのものである。神と信仰の契約を結んでもそのまま悪魔に魂を盗まれる,悪魔との契約で悪魔に魂を売り渡しても神にその魂を食われる、ということである。すなわち、すべての一神教に於いてその宗教上の秘儀である天国=地獄なのだ。

仏教で云う無明がニーチェが言うこの深淵である。

ゲーテの『ファウスト』に出てくるメフィストフェレスがこの神=悪魔を描き出し尽くしている。

ドストエフスキーも『カラマゾフの兄弟』で次男のイワンの口を借りて『神は死んだ』と云わせている。

イワンはドストエフスキーによって発狂させられたが、これは一神教の特徴であり、これがまさにニーチェが言う「深淵を覗き込むならば、深淵によって覗き込まれる(取り込まれる)』であり、一神教に於いて神は悪魔そのものであることを,一神教には人間の魂を食らう悪魔が最高の秘儀に居座っているため信仰によって吸血鬼悪魔の餌にされてしまうということを表している。

一神教は常に偽善をもって人間を騙しその魂を手に入れて悪魔の餌食とする者であり、この一神教をその本質的純粋偽善ゆえに『カルト』と呼ぶのである。


『無明(深淵)を滅ぼすもの』

無明を滅ぼす者は灯火、光(あかり、ひかり)である。

何故なら真っ暗闇の無明にあっては何も見えずどんな恐ろしい者がいるのか判らないがひとたび灯りをともせば光によって見えなかったものが見えるようになり,闇は消滅する。

この光,灯り、ともし火が仏教で云う仏智である。

闇は光を滅ぼせないが,光は闇を消滅させる。

ゆえにすべての一神教邪宗外道は仏智のともしびによって消滅する。

釈尊が人天の師と称えられる所以である。

『宇宙永劫無敵の仏心菩薩常民大和民族』

エデンの蛇この世の悪魔一神教カルトフリーメーソンがこの世の始めから人間の魂を食らうために偽善の面をかぶって偽旗作戦で人を騙し戦争を起こして多くの人を流血のうちに絶命させその魂を食らう戦争ショックドクトリンを過去未来永劫繰り返している。

このカルトフリーメーソンの悪業は常に深淵の闇の中で行われる。

闇の中でなければ悪魔は何も出来ないからである。悪魔を退治するにはこの深淵の闇に灯りをともせばよい。どんなちっぽけな光でも,光を点した途端にどんな深い深淵であろうともすべての闇は速やかに消滅する。

仏智の光が点れば、悪魔を無力化して打ち破るのである。

仏智は深い純粋な利他の人間愛によって得られるもので、トルストイが『イワンの馬鹿』でこの真理を明らかにしている。


これが、ムー大陸起源の扶桑蓬莱敷島大和国に先祖代々和合して住み暮らす仏心慈悲忘己利他武士道菩薩常民大和民族が、宇宙開闢以来常にその仏智仏心のともしびで、エデンの蛇この世の悪魔が潜みその中ですべての悪事を働く偽善で覆い隠された無明の闇を照らして、悪魔の悪心による悪因悪果を慈悲の心で転法輪し、悪魔をも仏法の成道へ向かわしめてともに真の幸福を得る道に励むことで悪魔を滅ぼす、宇宙で最も悪に対して無敵の国民社会が日本国であり、一人一人の国民が慈悲仏心忘己利他武士道大和魂和合菩薩であるこの世の仏国土が日本国なのである。

・・・以上で,以下の命題を証明した。

>>158
宇宙開闢以来常に一神教カルト悪魔の蛇はあらん限りの手管で宇宙の真理仏法に叛逆し挑み続けるのであるが、当然ながら過去未来永劫愚かにも破れ去り続けるのである。

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 17時24分

・・・以上で,以下の命題を証明した。
>>158
宇宙開闢以来常に一神教カルト悪魔の蛇はあらん限りの手管で宇宙の真理仏法に叛逆し挑み続けるのであるが、当然ながら過去未来永劫愚かにも破れ去り続けるのである。

・・・この証明から引き出されるつぎの命題もまたこの世の真理である。

すなわち、この世から戦争と原発という人災の極致を完全に消滅させる力があるのは,日本古来武士道のみである。

投稿: 通りがけ | 2015年7月25日 (土) 17時35分

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