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2015年9月26日 (土)

中1少年少女殺人事件考その2

 大阪中1少年少女殺人事件に関連させて「儀式殺人告発の書」を確認しておく。以下紹介する「儀式殺人告発の書3枚目」を読めば、本事件に於けるY容疑者の犯人化構図が余りにも似ていることに気づくだろう。読み易くする為に段落、句読点、文字変換等の編集替え、直接関係しない箇所の削除、意味を変えない条件下での書き換えをした。容疑者「久間三千年」のところを「Y」と書き換えた。その方が類似性が際立つからである。

 大阪中1少年少女殺人事件と同じ構図、文言は次の通りである。「繁華街で目撃された」、「初めに犯人Yありき」、「警察、地元、マスコミ一体となっての波状攻撃」、「冷静に考えればYの一連の事件への関与は素人目にも大きな矛盾があることは明白」、「2女児の遺体や遺品をほぼ100%発見されるであろう道路わきにわざわざ放置した」、「遺棄現場での紺色ワンボックス車を見たとの目撃情報」、「毛髪と現場に残されていた体液がDNA鑑定の結果、ほぼ一致」、「ワンボックス車内を再度鑑定」、「ごく微細な血痕と女児の一人の血液型も一致」、「情報リークの可能性」、「警察は、偏見と思い込み、こじつけの状況証拠だけで犯人に仕立て上げた」。

 昭和63年12月4日、福岡県飯塚市明星団地に住んでいた一人の少女が行方不明になった。潤野小学校1年の松野愛子である。日曜の午前7時半頃、町内の廃品回収を手伝った後、団地内の公園で友達と遊び、同10時頃、一人の男の自宅で弟と遊んでいるのを近所の人に目撃されているのを最後に女児は失踪した。この男こそYであった。Yがこの女児失踪に関与した証拠はない。だが周囲の印象はYが極めて怪しいという雰囲気に包まれた。今度この男の周辺で児童が失踪すれば重要参考人にされるのは明らかであった。

 平成4年2月21日夕、福岡県甘木市野鳥の国道322号道路わきの林で、20日朝から行方不明になっていた潤野小学校1年の中川藍、梅野裕莉の二人の女児が死体となって発見された。二人は20日朝、別の友人と三人で登校したが、登校途中でこの友人と別れ、飯塚市内の
繁華街で目撃されたとの情報を最後に消息を断っていた。この時点で、犯人Yが9割方確定された。“初めに犯人Yありき”であった。捜査の初期段階からYを犯人と臭わす警察、地元、マスコミ一体となっての波状攻撃が繰り返し行なわれた。

 冷静に考えればYの一連の事件への関与は素人目にも大きな矛盾があることは明白であった。まずYが知性ある性倒錯者として、かって嫌疑をかけられたのと同じ自宅の近所に住む潤野小の児童を何故わざわざ欲望充足の対象に選んだのか。しかも2人も、という素朴な疑問が生じてくる。我々が「変態Y」の立場なら“自宅周辺での対象物色”という危険な行為は間違っても犯さなかったであろう。以前に嫌疑がかかっていたのだから尚更である。最も不可解なのが、2女児の遺体や遺品をほぼ100%発見されるであろう道路わきにわざわざ放置したことであった。

 これより以後の 「Y攻略作戦」 は以下のように行なわれた。3月に警察が得たといわれる
「遺棄現場での紺色ワンボックス車を見たとの目撃情報」により、同種の車を所持していたYに捜査の対象はほぼ100%絞られ、この男と女児とを結びつける証拠の発見に全力が注がれた。3月下旬、Yに任意で提出させた「毛髪と現場に残されていたといわれる体液」とが警察庁で行なわれたDNA鑑定の結果「ほぼ一致」し、この時点でYがほぼ犯人と断定された。だが検察に証拠能力を問われ第三者の大学研究室で再鑑定したところ一致の確率は非常に低下した。

 捜査は中断したかにみえたが、平成5年12月になって、前年9月にYが手放した例のワンボックス車内を再度鑑定、翌年2月、1年5か月という歳月を怪て、女児の衣服に付着していたという4種類の繊維と車のシートの繊維とが一致、さらにシートの裏に付着していたといわれる「ごく微細な血痕」と女児の一人の血液型も一致した。8月、検察との協議の結果、Yの死体遺棄容疑が固まり、9月29日、同容疑で遂に逮捕された。最初の事件発生から実に5年9か月後、悪魔のシナリオは完遂されたのである。

 Yと警察の5年9か月に渡る闘争は警察によるYへの一方的な精神的拷問という形で行なわれた。2女児殺害以後はYの実名と顔写真を所持しての自宅近辺での聞き込み、張り込みが連日続けられた。平成5年9月には、警察の嫌がらせに対して堪忍袋の緒が切れたYが張り込みの捜査員に刈りバサミで切りつけるという一幕もあった。
状況証拠らしい状況証拠と言えば「Yも持ってた紺色ワンボックス車が遺棄現場で目撃された」という情報のみであった。だがこれはYに嫌疑が向けられるように作られた「情報リークの可能性」があったし、それが事実であるとしても、Yのものと同一の車種を使い、たまたま誰かに目撃されたか、あるいはわざと目撃された真犯人のものであろうことは容易に推測できるものであった。

 この目撃以外はすべてこじつけられた証拠である。DNA鑑定などほとんど信用性がないことが証明されたにもかかわらず、警察は「ほぼ一致」にあくまでこだわった。そもそも「現場で発見された体液」はDNA鑑定できるほどの量があったのか。警察は、Yを“怪しい”、“やったに違いない”という偏見と思い込み、こじつけの状況証拠だけで犯人に仕立て上げたのである。 

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コメント

「Tag Team 」槇原敬之

槇原敬之君もついに「家族の団欒」と「テレビと映画」の真実に気がつきましたね。さすがは先祖代々世界一賢い大和魂の伝統日本人です。

この1曲だけで全世界諸国と日本全国各地を巡って歌い歩くTag TeamタイトルAllOverTheWorldツアーを、演歌歌手のどさ回り営業や流しのギター歌手や琵琶法師みたいに独力で敢行すれば、Beatlesを超える有名な世界人類史に永久に名が残るシンガーソングライターになれます。

槇原敬之君が作ったTag Teamの歌詞を歌詞ページhttp://www.kasi-time.com/item-5700.htmlからタイプして転載しましょう。

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喧嘩して飛び出して 夕暮れの街を歩いていたら 知らない人が話してきた 「ご家族はお元気ですか?」

顔も形も似てるのなら ご飯の食べ方も似てるなら 癖毛まで似てるのなら 悪いとこも似てるのかな

目を背けたくなるような姿 自分そっくりな人が見せる まるで鏡をのぞいても 見えない場所を見せられるようだ



かくも家族というものは よく考えて組まれた Tag Team

なかなか直せない性質の悪さを 抱えた僕らのために 神様が考えて組んでくれた それはまさにTag Team

自分のいるべきチームは あの家以外ないのかもしれない


風に形を変える雲が 夕焼けに染まり浮かんでいる

ちぎれてどんな形になっても 雲はやっぱり同じ雲で 

相手を責めるよりも先に 自分の中をまず見つめて 相手を許せるような広い 心を持ちたいな

目を背けたくなるような姿 自分の人生の時間使い 僕が気づくそのために 見せてくれる奇特な仲間さ


かくも家族というものは よく考えられて組まれた Tag Team

他人なら愛想尽かして 会わなきゃそれで終わる所も そこはさすが神様だ 
絆というロープの中で 遠慮せずお互いと ぶつかり合える向き合える



分かり合えなくて当たり前なんだ

分かり合えない様なメンバーが揃ってる

テレビや映画で幸せな家族を 描くのは現実があまりにも違うからなんだろう


かくも家族というものは よく考えられて組まれた Tag Team

なかなか直せない性質の悪さを 抱えた僕らのために 神様が考えて組んでくれた それはまさに Tag Team

この家族しかつかめない 幸せがこの先に必ずある

投稿: 通りがけ | 2015年10月 1日 (木) 12時06分

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