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2016年3月 4日 (金)

吉備太郎の鹿久居島原発阻止千日闘争考

 「2013年/田舎暮らし 希望地域 ランキング」調査によれば、岡山県は全国移住人気ナンバー3位の評価を得ている。今静かに「移住するなら岡山」ブームが起きている。その大きな理由に「原発のない県」であることが挙げられると思う。従来の温暖にして雨の少ない「晴れの国岡山」だけの位置づけではこうはならなかったであろう。しかしながら、岡山県に原発がないことに対して、岡山県民自身が理由を知らない。それが「たまさかの僥倖」であることを知らない。

 かく云う私も、福島原発事故後、「実は岡山にも原発誘致の動きがあったんだよ」とある人に教えられるまで知らなかった。そういう按配だからましてや全国で知られることもなかろう。要するに知らされていない故に知られていない訳である。本稿で、岡山県下に原発が導入されようとして、それを見事に阻止した闘争を確認しておく。この闘争を仮に「岡山県日生町の鹿久居島原発阻止千日闘争」と命名し、以下のサイトに格納しておく。詳しくはこちらを見るべきだろう。本稿は情報が入り次第追々に更に詳しく確認して行くつもりである。

  「
岡山県日生町鹿久居島の原発阻止千日闘争
 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jissen/hansenheiwaco/
 genshiryokuhatudenco/hinasetosoco.html

 この闘争の意義は、原発阻止闘争のほんに数少ない勝利経験の一つとなっていることにある。こういう闘いは他にも「高知県東洋町の放射能廃棄物最終処分場拒否闘争」があるようである。現在進行形の闘いとしては、「山口県上関町の原発阻止闘争」、「あさこはうすの青森県大間町の原発阻止闘争」(
「あさこはうす」の闘い実録)がある。完全勝利での決着済みは「鹿久居島原発阻止千日闘争」だけかも知れない。他のものは、既に遅かりしではあるが原発導入後の稼動阻止闘争であり未然阻止のものではない。

 岡山に原発基地がないのはこの闘争のお陰であり、その賜物である。岡山県民はこの僥倖をどんなに謝しても足りることはない。この「元一日」を謝しつつ暮らすべきだろう。既に原発基地を持たされている全国各地の住民は、この闘争を知るほどに地団太を踏んで悔しがるべきだろう。目下闘争の渦中の自治体住民は今からでも遅くない大いに学ぶべきだろう。かくメッセージしておく。

 「鹿久居島の原発阻止千日闘争」から見えてくるものは、住民、漁協、社会党、共産党、学者、僧侶、文化人の見識の高さである。この時の青木僧侶の予見力を見聞きせよ。神主たる者、住職たる者はかくあるべきだろうの手本のような気がする。

 「青木敬介/浄土真宗西念寺(さいねんじ)前住職/播磨灘を守る会代表の2カ所の原発建設計画阻止記
 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jissen/hansenheiwaco/
 genshiryokuhatudenco/hinasetosoco.html

 この闘争は共同戦線型運動により功を奏した貴重な経験である。全共闘こそが勝利の方程式であることが分かる。逆は逆と心得るべきだろう。加えて、1970年代前半のこの時期の政府、各省庁、地方自治団体等の選良が担う政治の質の高さが垣間見られる。行政当局として大石環境庁長官、加藤県知事が矢面に立ったが、両者が最終的に聞き分けを能くし、原発誘致阻止に廻ったことで今や最も評価の高い「原発のない憧れの岡山県」が温存されることになった。

 以上は本稿の前半である。後半はその後の鹿久居島について記したいと思う。日生周辺では、原発のみならず火力発電所の建設計画に対してもその都度、島民の漁師たちが真っ向から反対して中止に追い込んできた。リゾート開発計画に対しても同様に阻止したのかどうか、その功罪は分からない。その為に日生は瀬戸内海屈指の遠浅な海域にも拘らず自然海岸が多く残されていて、今ではそれが地域の誇りになっている。2004年11月、鹿久居(かくい)島と頭(かしら)島との間に頭島大橋(300m)が開通している。2015年4月、岡山県備前市日生町の本土と鹿久居島の間に備前ハート日生大橋(765m)が開通している。

 この間、竪穴住居に泊まり、貫頭衣を着て火を起こし、狩りをする等の縄文時代生活体験で知られる「古代体験の郷まほろば」を観光地としていたが、2015年11月、管理棟から出火の火災で高床式の建物3棟が全焼、現在まで再建されていない。

 思うに、電力各社の原発誘致の甘言が、当該地域の自治体への交付金、給付金を餌にして行われている。とするならば、寒村であり続けるとワナの仕掛けに嵌る。それを思えば、地域毎に自律自存の産業力を持ち地産地消の経済圏を確立しておく必要がある。今や去る50年近く前にもなるが、田中角栄が政権獲得前に世に問うた「日本列島改造論」がこのことを的確に指摘している。この名著の中身は未だに瑞々しい。今からでも遅くない手にして学ぶべきだろう。原発阻止闘争と村興し&町造りは案外と密接不可分なんだなと思う次第である。

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